泉州国際市民マラソン
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マラソンコースを歩く
 泉州国際市民マラソンは浜寺公園をスタートし、途中堺市の大浜と、泉南市サザンスタジアム付近を折り返して、泉佐野市のりんくうタウンまでの42.195kmを大阪湾に沿って走破します。マラソンコースの府道堺阪南線は旧紀州街道沿いに付けられており、周辺には史跡や美しい町並みが数多く残されています。泉州の歴史を訪ねてゆっくりと歩いて見てはいかがですか。

浜寺公園(スタート会場)界隈
 浜寺公園は、明治6年(1873)に太政官布告により我が国で最初の公園に指定されました。白砂青松の海岸は万葉集にも詠まれています。浜寺という地名は、南北朝の頃、後村上天皇の勅命により大雄寺が建立され、山寺(吉野山)に対し、濱の寺と呼ばれたことにはじまります。ロシア人の捕虜収容所や米軍のキャンプ地となったこともありましたが、臨海工業地帯が造成されるまで、関西随一の海水浴場として府民に親しまれていました。現在は残された松林の中に総合プール、テニスコート、野球場、交通遊園、バラ庭園、野外ステージ、芝生広場、青少年センターなどが整備されています。

浜寺公園イラストマップ 浜寺公園イラストマップ

1.浜寺の松
 「日本の名松100選」に選ばれ、万葉の時代から数々の歌に詠まれてきました。幾たびかの伐採の危機をのりこえ、現在も見事な景観を保っています。明治6年、偶然この地を訪れた内務卿大久保利通は、伐採される松林を見て「音に聞く高師の浜の松が枝も 世のあだ波はのがれざりけり」と和歌になぞらえ伐採中止を命じました。公園正面入り口近くにこのことを刻んだ「惜松碑」があります。

浜寺の松の写真 惜松碑の写真
バラ園の写真2.バラ園

 
2.3ヘクタールの敷地に130種7,000本のバラを集めたバラ庭園、「山の景」「海辺の景」など5つのゾーンに分けられた和風の回遊式庭園。入場無料。
与謝野晶子の碑の写真3.与謝野晶子の碑

 
堺出身の晶子はふるさとの自然を数多く詠んでいます。公園内には「ふるさとの 和泉の山をきわやかに 浮けし海より潮風の吹く」の歌碑が建てられています。浜寺の海岸は鉄幹とのロマンスの舞台となった場所でもあります。
浜寺公園駅舎の写真4.浜寺公園駅舎

 
明治40年(1907)に建てられた現存する私鉄最古の駅舎。設計は東京駅等を手がけた辰野金吾。白を基調に柱・梁・斜材をそのまま外部に現し、その間に土壁などを充填した木造の洋風建築。全体が左右対称で調和の取れたデザインです。向かって右側の旧一等待合室はギャラリーとして利用されています。国の登録有形文化財であり、近畿の駅100選に選ばれています。 駅の東側浜寺昭和町には、滋賀県の豊郷小学校を設計したウイリアム・ヴォ−リズが設計した民家などがあり、浜寺駅界隈は名建築の宝庫でもあります。
日露友好之像の写真5.日露友好之像

 府立青少年センターと大阪国際ユースホステルの建物正面に「日露友好之像」と「記念碑」が建てられています。このあたりから伽羅橋駅付近にかけては、日露戦争でのロシア兵俘虜収容所があったところです。この収容所にはロシア兵28,000人が収容されていました。

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